やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

参院選ボロ負け予想の自由民主党、気づいたら全党消費税減税を叫ぶポピュリズム政局に至る


 まあ… 大変なことになっておるわけですが。

 俺たちの総理・石破茂さん率いる自由民主党が今夏の参議院選挙で厳しい戦いを強いられるとの見方が広がる中、与野党を問わず消費税減税論が急速に広がりつつあります。「参院選で自公45議席以下になると石破茂政権の総退陣だけでなく自由民主党下野も視野に」という危機感が与党内部に蔓延。まあ、そりゃそうなんですが、どうにかなりませんかねえ。そんな危機的な状況下で、かつては「財政再建派」とされた石破首相自身も消費税減税に含みを持たせる発言を繰り返すなど、参院選を前に与野党の政策が「減税ポピュリズム」の様相を呈してきております。選挙ですからねえ、すぐやるかどうかは別として、公約としてはもうなんでもありということでしょうか。

 で、石破さんは昨年9月の自民党総裁選当時、消費税率の引き下げについて「考えていない」と明言していた立場から微妙に変化するのはまあ当然としても、無責任に言いたい放題やれる野党はともかく政策に責任を持つべき政権与党としてはいろいろと前捌きをしなければなりません。今年3月28日の参院予算委員会では食料品に限った消費税の減税に「一概に否定する気はない」と含みを持たせる発言をするに至ったのは、推移を見ながらもう少し考えようという気持ちになってきたということの表れではないかとも思います。

 この背景には、公明党代表の斉藤鉄夫さんが経済対策の柱に『減税』を据えるよう主張し、食料品を対象とした消費税減税を「あらゆる手段のひとつとして検討している」と踏み込んだことが影響していると見られます。いままでどちらかというと大きい政府、国民生活の安心安全を企図して社会福祉の充実を主張してきた公明党内では、前回の衆院選で自民党の裏金問題に巻き込まれて無事敗北。その結果、党勢衰亡に危機感を抱いてやれることは全部やれってことでポピュリズム的な主張も織り交ぜたネット戦略に打って出るだけでなく、金看板政策である福祉充実路線の足元である財源はとりあえず棚に上げて『減税』を打ち出すに至るのであります。何より、103万円の壁問題以降、党勢低迷に危機感を抱くなかで、支持率を伸ばす国民民主党の政策方針に引きずられる形で減税を検討し始めているとの見方も強いのは、仕方がないのかなとも思います。

 さらに、夏の参院選を前に、自民党内でも参院幹事長の松山政司さんが突然、食料品対象の消費税減税について「あらゆる選択肢を排除せず議論することが重要だ」と表明。えええええ。今夏改選を迎える赤池誠章さんも「減税を真剣に検討してほしい」と総理の石破さんに迫るなど、選挙を前に消費税減税を求める声が党内で高まっているのは非常に印象的な光景と言えます。みんな選挙に勝ちたいからね、しょうがないね。

 一方、立憲民主党内でも変化が起きてきています。そもそも自身が解散して大敗するにいたった原因でもある社会保障都税の一体改革、およびその足元であった三党合意を引きずる形で消費税減税には後ろ向きだった野田佳彦執行部も、もはや立憲を割る気満々の江田憲司さんら減税派の動きに押される形で、消費税減税を公約に掲げる方向へと舵を切りつつあります。

 日本維新の会は、もともと社会保険料4兆円の引き下げなど「小さな政府・新自由主義的政策」を掲げていたものの、今や多くの政党がこうした主張を取り入れ始めたことで、政策的差別化が困難になり地盤沈下に悩んでいるのは象徴的です。なんか前に出てきているのが前原誠司さんなのも面白いポイントで、これ党内融和とかあんまり考えられる状況ではないよね…。

 危機感を抱いた参院自民党議員や「保守の会」のメンバーまでもが消費税減税を強く主張し、政調会長・小野寺五典さんらに対し減税推進の圧力をかける状況となっているのは、実に気になるところです。なんてったって、気がつけば共産党やれいわ新選組を含め、ほぼ全ての政党が消費税減税の方向性を打ち出す異例の事態となっているのは、これもう消費税の、少なくとも軽減税率部分は、時限的かどうかは別としてもう全党オール減税じゃないですかやだー。これもう止まらないですね。ほんとに。

 この状況に対し、さすがに良識派もいないわけじゃないんでしょうが、財政再建的な「本当に社会保障財源は大丈夫なのか」という重要な論点は置き去りにされがちです。自民党総務会長の鈴木俊一さんは、元財務大臣らしく「一度下げると元に戻すことも相当な政治的エネルギーがないとできない」と警鐘を鳴らし、幹事長の森山裕さんも「消費税と社会保障は一体改革をやってきた」とか「財源をどこに求めるのか、あるいは社会保障のどこを国民に我慢をしてもらうのか対でなければ国民に迷惑をかけてしまう」などと慎重論を強調しています。でも、財政規律を重視する石破茂さん周辺の自民党重鎮が、なかば諫める形で安易な減税政策への転換を戒めても、そもそも次の選挙で勝てなければ下野待ったなしの自由民主党においては「それはいいからいま目の前の選挙に勝とうぜ」と言われたら流れていかざるを得ないのかもしれません。たとえ、それがバラマキ批判を受けるものであったとしても。

 とりわけ奇妙なのは、就職氷河期世代など「喰えない」状況に置かれた人々が、本来恩恵を受けるはずの給付政策ではなく「減税」を求める現象です。もともとたいした世帯年収がなく、減税されたところでほとんど税金を納めていない人たちが減税を叫ぶさまは滑稽の極みとも言え、まあ私とかは「おお、減税ですか」とガッツポになるんですけどあなたがたは税額控除ですら満足に受益できてないのによく『減税』しろと言えますね。ただまあ、これは「消費税減税→参院選→やっぱり無理でした」というシナリオを見透かした有権者の冷めた見方の表れなのかもしれません。

 ここらの話の流れを紐解くと、やっぱり『財務省解体デモ』と『お米の値上がり』が国民の意識にそれなりの影を落としていることが何となくわかります。最近のれいわ新選組の支持率上昇だけでなく、ブーム的な国民民主党支持増もまた、手取りの増えない国民の小さな政府志向が進んでいることの証左とも言えます。

 石破茂さんは自民党大会で「参院選で必ず勝ち抜くべくわが身を滅して総力を尽くす」と決意を表明したものの、結果的に放置せざるを得なかった財務省解体デモに象徴されるポピュリズムの高まりも視野に入れざるを得なくなっています。いや、本当に困っている人を助けようというバラマキを考えるならば、国民にとって最善の選択肢は本来は『給付』なんですが… なぜか、効果の少ない『減税』のほうが、国民からすれば良いものだという判断になっているのは、いまは重税だという認識を持たれやすいからなのでしょうか。いや、実際にそういう考えの人たちほど、たいした税金は納めていないんですが。しかし、財政規律を無視した減税競争は、長期的な日本の財政健全化という観点からは憂慮すべき状況といえますし、むしろ、担税力を考えていくならばいま税制をいじることのほうがあんまり良い結果を及ぼさないのは当然ですけれども。

 そういった選挙前のバラマキやポピュリズムに流れる政治の在り方に、国民の政治不信はますます高まっていくことでしょう。時限的に消費税減税ってのが本当にできるのか、できたとして、事後に戻すことができるのかってのは、これはまあ自民党重鎮が危惧していることはそのまま当てはまります。林芳正さんもいみじくも仰っていましたが、やはり「できないものはできないと言い、できることはきっちりやる」というのは正論も正論、ど真ん中であります。ところが、そういう正論では投票行動に繋がらないよ、そういう世の中なんだよ、といったときに、意識高い()国民としてはどうしたらええのんか、よく分からんな… というのが正直なところではないでしょうか。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.474 選挙前のバラマキやポピュリズムってどうよと頭を悩ませつつ、トランプ政権の迷走ぶりや複数の反トラスト法訴訟を抱えたGoogleについて語る回
2025年4月28日発行号 目次
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【0. 序文】参院選ボロ負け予想の自由民主党、気づいたら全党消費税減税を叫ぶポピュリズム政局に至る
【1. インシデント1】世界経済の命綱としてのベッセント長官 トランプ政権の行方と経済への影響
【2. インシデント2】米国内で反トラスト法訴訟を複数抱えるGoogleの行方
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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